長野県 蓼科 高原 蓼科 温泉 ホテル親湯

戦国時代、武田信玄が戦で傷ついた兵士たちを この温泉に入れたところ、 たちまち、傷が治ったと伝えられています。 その源泉の開湯は、 坂上田村麻呂が発見したとか平安時代にまで遡るといわれ、 いにしえより、こんこんと湧く温泉は、 永い間人々の心身を癒してきました。

この付近には武田信玄にまつわる伝説も多く、 信玄棒道や、信玄が滝に打たれて戦略を練ったという大滝など、 歴史に思いを馳せながら、 親湯でのひとときをくつろいでお過ごしください。

蓼科温泉

泉質は源泉によって異なるが、弱酸性低張低温泉が主。泉温は30〜67度、リューマチ・胃腸病にも効く。肌がスベスベになり、美容に最適。また、マイナスイオンの効果で心身共にリフレッシュできる温泉。


温泉神社

親湯温泉

滝の湯川に沿う蓼科温泉郷の一つ。
豊富な湯量と確かな効能で古くから賑わってきた。
泉質 弱酸性低張低温泉
泉温 30〜67度
効能 リューマチ・胃腸病・美肌・疲労回復・健康増進等

大正初期の親湯温泉露天風呂

人馬一体という言葉があるように昔は、馬も温泉につかり、人間と一緒に旅の疲れを癒していたようです。温泉の後は宴会をし、夜になるとまた馬に乗り帰路につきました。

大正時代の開拓者たち

大正から昭和にかけて、高原の澄んだ空気や豊かな自然を求めて、保養所や別荘の開発が進み、温泉保養地としてだけでなく、高原リゾートとしても知られるようになりました。

ホテル親湯、温泉プール


戦後まもない頃の温水プール

ビーナスライン沿いの蓼科湖まで車の渋滞が出来るほどのにぎわいでした。
戦後まもない頃に、全国でも珍しい、温泉プールとして「フジヤマのトビウオ」古橋廣之進さん等の、多くの水泳選手の練習の場となりました。
当時の温泉プールはありませんが、周りの森や渡り廊下などは当時のまま。豊かな効能と共に今に続いています。

路線バスと親湯温泉

昔は、馬が歩くことでしか訪ねられなかった親湯温泉。道路の整備と共に路線バスが運行され、人々の足となりました。


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